第一部 第四章 無財七施

人に親切にし寄付をすることを、仏教の用語では布施といいます。無財とは財つまりお金がかからないという意味です。無財七施には、お金のかからない寄付が七種類あるという意味が込められています。無財七施は宗教を超えて必要なことと存じます。

(1)身施困っている人を見たら助けてあげる
(2)心施人々へ喜びと楽しみを与え、人々の苦しみを取り去る
(3)眼施いつも優しい目つきをする
(4)和顔施おだやかな笑顔を絶やさない
(5)言施暖かい思いやりの言葉をかける
(6)牀座施弱い人、尊敬するべき人に席を譲る
(7)房舎施宿の無い人を我が家に泊めてあげる

私の解釈

身施とは、身体を布施するということから、「困っている人を見たら助けてあげる」という意味です。具体例には、小さな親切とか、無償のボランティア活動があります。

心施とは、よい心、願いを布施するということから、「人々へ喜びと楽しみを与え、人々の苦しみを取り去る」という意味です。たとえ物やお金がなくとも、あなたの楽しく嬉しそうな振る舞いで、人々へ喜びと楽しみを与えることができます。人々の苦しみを取り去るには、苦しんでいる人のお話をよく聞いて、同情し慰めてあげることです。これにはお金も品物も不要ですね。

人々へ喜びと楽しみを与えることを与楽、人々の苦しみを取り去ることを抜苦と書きます。仏教は慈悲の宗教とも言われますが、慈悲の慈は与楽の意味で、慈悲の悲は抜苦の意味です。

眼施とは、「いつも優しい目つきをする」という意味です。和顔施とは、「おだやかな笑顔を絶やさない」という意味です。眼施と和顔施をすることであなたの第一印象は爽やかで素敵になります。ぜひ鏡でご自分の目つき顔つきを観察して練習されることをお勧めします。

言施とは、「暖かい思いやりの言葉をかける」という意味です。元気で明るい声で挨拶を欠かさずする、聞き取りやすくリズムの良い話し方をする、褒め上手になる、お礼上手になる、慰め上手になることも言施と考えられます。

牀座とは、横になるための床のことです。牀座施とは、「弱い人、尊敬するべき人に席を譲る」という意味です。これは、電車やバスで体の弱い人に席をゆずったり、宴会で偉い人に上座に座ってもらうことがあります。でもそれだけではありません。権力を持った人が若者や部下に権限を委譲することや、親が子供に無用な口出しをしないことも含まれています。また会社や組織で考えると、資源、市場、情報などの独占をしてはいけなくて、譲り合いも必要だということです。

房舎とは、部屋、家屋の意味です。房舎施とは、「宿の無い人を我が家に泊めてあげる」という意味になります。仮にあなたのお友達が旅行で我が家を訪ねたら求めに応じて泊めてあげることが房舎施です。現代はホテルがあちこちにあるので房舎施の機会は少ないですが、暖かい家庭のおもてなしは、また格別なものです。

無財七施はお金のかからない善行ですから、誰でもすぐにできます。ですから、今すぐから始めましょう。そして、毎日続けてください。そうすればどんどん仏陀に近づくことができます。

無財七施をご家庭や学校で違和感なく使えるように書き直してみました。

喜ばれる七つの親切

(1)困っている人を助けよう
(2)共に喜び、悲しみに共感しよう
(3)優しい目つき
(4)おだやかな笑顔
(5)思いやりの言葉
(6)弱い者に席を譲ろう
(7)泊めてあげるぐらい仲良くなろう
ページ先頭へ

(更新日: 2017年03月22日)
幸せ研究室